日本の産業と雇用の未来:半導体産業の教訓から考える自分らしい生き方と安定の両立

CX(コーポレートトランスフォーメイション)

日本の産業と雇用の未来:半導体産業の教訓から考える自分らしい生き方と安定の両立

日本の産業史を振り返ると、かつて世界を席巻した半導体産業の衰退と、デジタル時代に躍進を続けるリクルートのような企業の対比は、ビジネスリーダーや政策立案者にとって重要な教訓を提供しています。この二つの事例は、企業の基本設計(組織アーキテクチャー)がいかに未来の適応能力を左右するかを如実に示しています。また、この産業構造の変化は、私たち個人が自分らしいと思える人生を歩み、経済的・社会的にも安定した人生を送るという願いにも深く関わっています。

高度成長は終わった:新しい時代への適応

日本は、かつての高度成長期を終え、成熟した社会へと移行しました。しかし、その成功体験から抜け出せず、教育や雇用といった根幹のシステムが現代社会の要請に合わなくなってきているのではないでしょうか。

東京大学長の藤井輝夫氏は、日本の教育と雇用慣習の現状に対し、強い警鐘を鳴らしています。特に、新卒一括採用、年功序列型、終身雇用といった雇用慣習をやめることが、教育の改革にもつながると指摘しています。藤井学長が「雇用慣習廃し、進路選択を多彩に」と述べているように、従来の雇用システムは、卒業後の進路を早期に固定化し、個々人の多様な興味や能力、そして自分らしい生き方の探求を十分に尊重してこなかった側面があります。

高度成長期には、企業が新卒を一括で採用し、長期的な雇用を前提とした人材育成を行う年功序列型・終身雇用制度が機能していました。このシステムは、一定の経済的安定をもたらしましたが、同時に、個人のキャリアパスの自由度を狭め、自分らしい働き方や生き方を模索する機会を制限した可能性があります。変化の激しい現代において、このような画一的なキャリアパスは、個人の潜在能力を十分に引き出しきれず、結果として社会全体の活力低下にも繋がりかねません。

日本半導体産業の栄光と凋落

この問題は、日本の基幹産業の一つであった半導体産業の衰退にも見て取れます。文藝春秋PLUSのインタビューで、IGPIグループ会長の富山和彦氏は、日本がTSMCのような革新的な企業を生み出せなかった理由として、経営のスピードとガッツの欠如、「やめる力」の重要性、そしてゲームチェンジを嫌う日本の企業文化を挙げています

1980年代、日本の半導体産業は世界市場の50%以上を占め、NECや東芝、日立製作所などが世界をリードしていました。特にDRAMメモリチップ分野では、日本企業の精緻な製造技術と品質管理能力が圧倒的な優位性を確立していました。

しかし、1990年代から2000年代にかけて、業界は垂直統合から水平分業へと大きく変化しました。コンピューター産業の構造変化、すなわち**「水平分業」の波**がやってきたのです。半導体のバリューチェーンが複数の専門レイヤーに分解され、設計専門企業(ファブレス)、製造専門企業(ファウンドリ)、IP提供企業などに分かれました。また、主力製品もメモリからロジックプロセッサへと移行し、ソフトウェアとの統合が重要になりました。

富山氏は、日本の企業は、線形的な変化には対応できるものの、非連続な変化やゲームチェンジに弱いと指摘します。その背景には、リーダーの決断力の弱さ、ボトムアップ型の組織運営による意思決定の遅さ、そして変化によって不利益を被る人々への配慮が過剰なまでに働く企業文化があると言えるでしょう。特に、**「一生懸命現場で生産技術を磨き込んできた人の代に価値が下がっちゃって、むしろ設計の方ですてなっちゃうと全然違う触集になる」**ことへの抵抗感が、変革を遅らせる大きな要因となったのです。

この変化に日本企業は対応できず、結果として以下のような問題が生じました:

  1. 意思決定の遅さ:コンセンサスを重視する日本企業の文化は、急速な環境変化への適応を妨げました
  2. 「やめる力」の欠如:不採算事業からの撤退判断ができず、リソースを分散させてしまいました
  3. 年功序列と長期雇用:人材の流動性が低く、新しいスキルセットへの移行が困難でした
  4. 製造技術への過度の自信:製造プロセスの改善に優れていた日本企業は、アーキテクチャ設計やソフトウェア統合の重要性を過小評価しました

結果として、TSMCやIntelなどの新しいプレイヤーが台頭し、日本企業は世界市場でのシェアを大幅に失いました。現在、日本の半導体製造装置メーカーは一部健闘しているものの、半導体デバイスメーカーとしての存在感は著しく低下しています。

リクルートの成功モデル:変化を前提とした組織設計

対照的に、リクルートは創業時から異なる組織設計を持ち、デジタル時代への適応に成功しました。リクルートの基本設計の特徴は:

  1. 成果主義の徹底:「40歳でやめる前提」と言われるほど、年功ではなく成果を重視する文化
  2. 資産軽視・知的資本重視:「紙と鉛筆で稼いでこい」という形のない資産を重視する姿勢
  3. 方法よりも結果:「やり方は問いません」という柔軟性
  4. 人材の流動性:新しい分野に挑戦する際、必要なスキルを持つ人材を外部から積極的に登用
  5. 迅速な意思決定:トップダウンの意思決定と現場への大幅な権限委譲

これらの特性により、リクルートは紙媒体ビジネスからインターネットビジネスへと素早く移行し、さらにフィンテックや人材テック、不動産テックなど多様な分野に進出することができました。現在ではIndeed、Glassdoorなどのグローバル企業を擁する国際的な企業グループに成長しています。

富山和彦氏は、移民特有の「死ぬ気でやらなきゃ生きていけない」という感覚が経営者にとって重要であるとも指摘しています。これは、既存の安定に安住せず、常に危機感を持って変化に対応しようとする姿勢を示唆しており、自分らしい価値観に基づき、積極的にキャリアを切り拓いていく個人にとっても重要な示唆となるでしょう。

教育と雇用の大改革:自分らしい生き方と安定の両立

これらの産業構造の変化と企業の盛衰は、教育と雇用の問題と深く関連しています。新卒一括採用や終身雇用といったシステムは、変化に対する個人の適応力や、新たな分野への挑戦を阻害する可能性があります。高度成長期のような安定した社会であれば、一つの専門分野を深く追求することが美徳とされましたが、現代社会においては、変化を恐れず、常に新しい知識やスキルを学び続ける姿勢が求められます。また、自分らしいキャリアを築くためには、既存の枠組みにとらわれず、多様な選択肢を模索する柔軟性も不可欠です。

半導体産業とリクルートの事例から学べることは多岐にわたります:

  1. 組織の基本設計の重要性:既存企業内に事業部を作るだけでなく、基本設計から異なる新会社の設立を検討すべき
  2. 多様なキャリアパスの実現:一つの企業に縛られない、多様なキャリアパスを支援する教育・雇用システムの構築
  3. 変化への適応力:非連続な変化にも対応できる柔軟な思考と行動様式の育成
  4. 自己責任と社会的セーフティネットのバランス:挑戦を促進する環境と失敗しても再チャレンジできる社会システムの両立

山口周氏が指摘するように、日本は既に高度成長社会ではありません。過去の成功体験に固執し、変化を拒むことは、企業だけでなく、個人の自分らしい生き方経済的・社会的安定の両立を困難にする可能性があります。教育と雇用という社会の根幹を改革し、多様な価値観や能力を尊重し、変化を積極的に受け入れる人材を育成していくことこそが、日本が再び活力を取り戻し、個々人が自分らしい充実した人生を送るための道筋となるのではないでしょうか。

今後の展望:個人と社会の新しい関係性

日本政府は半導体産業の復活を目指し、「ラピダス」という新会社を設立して先端半導体製造に再参入する計画を進めています。しかし、単に資金を投入するだけでなく、組織の基本設計を根本から考え直さなければ、過去の失敗を繰り返す可能性があります。

同様に、既存の教育・雇用システムを根本から見直し、個々人が自らの興味や能力に応じて多様なキャリアを選択できる社会を構築することが求められます。それは、自分らしい人生を追求しながら、経済的・社会的にも安定した未来を築くための不可欠な一歩となるでしょう。

半導体産業の失敗は、単なる一産業の盛衰として捉えるのではなく、日本社会全体の構造的な問題を示唆する警鐘として受け止める必要があります。今こそ、従来の雇用慣習を打破し、個々人の多様なキャリアパスを支援する教育システムへと転換していくべき時です。

産業構造の変化が加速する現代において、組織の基本設計と個人のキャリア形成のあり方を根本から見直すことは、日本が再び活力を取り戻し、一人ひとりが充実した人生を送るための重要な鍵となるのではないでしょうか。日本半導体産業の敗北とリクルートの成功は、その対照的な教訓を私たちに示しています。

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